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孫中山故居紀念館
中国革命の父の生家と彼の活躍を記念した施設を散策
基本情报

住所

中山市翠亨村翠亨大道
www.sunyat-sen.org/sunyat/index10.php

TEL/FAX

なし

アクセス

中山市市内から12路バスで孫中山故居駅下車、徒歩1分

駐車場

入場料

無料

営業時間

09:00〜17:00

 中国革命の父として今なお人々から慕われている孫文。広東省中山市の南朗鎮翠享村には彼の生家と彼の業績を称えて建てられた紀念館、孫中山故居紀念館がある。場所は中山市中心より南に約17km離れており、12路のバスで約1時間(6元)かかる。

 彼の生家は、レンガと木を用いた、中国と西洋の建築風格を組み合わせた複合建築物で、西洋風の外観は赤茶色になっている。正門には孫文が記した「一椽得所、五桂安居」(根本的な問題を解決できれば、ほかの問題も容易に解決できる)という対句が掛かっている。左側には妻の宋慶齢が書いた「孫中山故居」五文字の木彫り額が飾られてある。
 生家の庭の北側には1866年11月12日に孫文が生まれた小屋があった。1892年現在の生家が完成したあと、孫文は彼が生まれた小屋を台所に変えて、近くに井戸を掘った。この小屋は1913年、兄の孫眉が庭を増築するため、取り壊された。
 庭にはタマリンドとガジュマルの2本の樹が植えられている。そのうち、タマリンドは1883年に孫文がハワイから持ち帰って、ここに植えて育てた樹だ。1931年の台風に遭って一度倒れたが、粘り強く今なお現存している。
子どものころ、太平天国(1851~1864年)に憧れた孫文は、よく庭に植えられたガジュマルの下で、太平天国の乱に参加したお年寄りたちから、太平天国指導者の洪秀全の話を聞かせてもらった。彼は昔を偲ぶ時、「自分の革命思想はここから生まれた」としみじみ語った。生家のすぐそばには、この村の翠亨民居展示区もあり、同村の生活も展示されている。

 ここには、紀念館も併設されており、彼の革命運動の記録や彼の一族についての資料や写真などが豊富に展示されている。また展示資料の中には、陰で孫文を援助した日本人志士の山田義政や宮崎滔天などの名前も見える。
 1878年、12歳でハワイへ渡るまで、孫文はずっとこの生家で過ごした。ここには彼が暮らした生活の様子が残っており、彼が過ごした年代を知る唯一の場所である。孫文の成長と経歴がよく分かる場所なのだ。