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西漢南越王博物館
古代広州の繁栄を偲ばせる博物館
基本情报

住所

広州市越秀区解放路867号
www.gznywmuseum.org/

TEL/FAX

020-3618-2920/2865

アクセス

地下鉄2号線越秀公園駅E出口から徒歩2分、中国大酒店から南に徒歩3分

駐車場

入場料

12元

営業時間

9:00〜17:30(16:45チケット販売停止。2月28日、5月31日は休館)

 今から約2200年前の紀元前、黄河流域を中心に秦や済、楚といった国々が覇権を巡り争い、やがて秦による中華統一事業を押し進めていった時代、黄河から遥か南に離れた広州の珠江沿いに南越王国(紀元前203〜111年)が誕生した。初代国王となった趙佗は、広東省、広西チワン族自治区といった地域を治めた。そんな王国の繁栄今に残る西漢南越王博物館が、越秀区の解放路に残っている。

 中国大酒店から解放路沿いに南に進むと突如現れる赤い建物。これこそが、かつて広東一帯を支配した南越国の博物館である。名前に西漢と書いてあるのはイコール前漢の時代をさす。歴代の広州の支配地は越秀公園から南側にあった。越秀公園に残る城壁も、ここが古くからの主要都市ということを指している。


 入り口から階段を登っていくと、目の前に現れる石でできたお墓。ここは1983年までまったくの手つかずだった南越国2代目文王・趙眜のお墓を発掘し、それを一般開放している。ピラミッドのようなガラスの屋根から石室に入るとなかの造りは「士」の字のような形をしており、前室、東側室、西側室、主棺室と分かれている。副葬品は発掘後博物館に移したため、パネル紹介以外はほぼがらんどう。それでも、約2200年前の貴人の亡骸と死後の生活にも困らないように生活用品を埋葬した現場にいることができる時点で現代の科学技術の素晴らしさに感心する。
 同博物館で使われている石は紅沙岩といわれ、番禺区の蓮花山の採石所から切り出され、珠江を遡上して運ばれたといわれている。

 続いて博物館では、王の副葬品が展示されている。メインの展示物といえば、玉でできた衣服に王の亡骸を包み、赤いシルクで結んだ絲緀玉衣。長さは1.7m,
2291個の玉が使われているこの玉衣は、当時王族や高級官僚クラスで使用が許され、玉衣は遺体が腐らないという迷信があった。また周りには金印や龍鳳紋重環玉佩、銀盒をはじめとする、玉器、銅器、金銀器、陶器、陶磁枕なども展示。これらの豪華な副葬品は、当時の南越王国の権力の強大さを表現している他にならない。
 南越王国は、趙眜の死後11年後に滅亡してしまうが、広州を軸とした業績は、歴代広州の礎となって現在に至るまで受け継がれている。