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何かと言って

内モンゴルの奥地で見た驚きの景色とは!?

 広州から大連まで駆け抜けた乗り鉄紀行。今回は、呼和浩特(フフホト)から烏蘭浩特(ウランホト)までの全区間1321㎞をK2014次でイッキ乗り。青い空白い雲そして怒涛の羊の群れ…非日常空間がさらに加速する乗り鉄ワールドの中国鉄旅乗車記のはじまりはじまり~。

午前は市内のチベット仏教寺院に行く
 あまりにも暑いため、午前中は撮り鉄には行かず、呼和浩特市内の無量寺を訪問した。呼和浩特の公共バスの車両は広州とは違うハイテク化が進んでいた。料金箱にお札やコインを入れる毎に自動券売機のようにチェックされいちいち枚数を読み上げる音声付きだった。昭君ホテル近くのバス停から公共バスに乗ること30分、マニ教(チベット仏教)のお寺が道路を挟んで大召無量寺と席力図召の2カ所が建っている。
 普通は2カ所観光するが、広東とは別の意味でカラカラした暑い暑い内モンゴルの天気に参り、ホテルで寛ぎたかったため1カ所で断念した。境内は意外と広く、広東で見る仏教や道教のお寺とはまた一味違う。極彩色の異形ないで立ちの神様が出迎える様子は、怖い感もありぎょっとする。

 1時間ほど観光したあとは再びホテルに戻る。フロントにチェックアウト時間を聞いたら14時まで大丈夫と言われたので助かった。列車の発車時間が16時10分なので、12時のチェックアウトだと4時間も開いてしまうから乗車までの時間つぶしに困ったが、2時間ほどなら困らない。ホテルから呼和浩特駅まで約1㎞の距離だが、炎天下の中を歩きたくなかったので、1元バスで移動した。料金箱にお金を入れるたびに発せられる「1张」という機械音声が何故か心地良く聞こえる。
※7月からK2014次の出発時間が変更。16時10分から17時50分になっている。

 呼和浩特駅前から南にかけて、地下鉄の建設工事が続いている。一番早い開業は今年の9月30日で2号線の一部区間。当面は5号線までの建設が進められているが計画だけだと20路線近くにもなる。地下鉄が開業すれば、混み合う道路も公共バス車内も空いて多少は便利になるかな?

編成は車両を間引いたびっくりの9両
 呼和浩特駅の内部は入口の天井には、漢から異民族の匈奴に嫁いだ王昭君とそれを取り巻く侍女らしき人物と、匈奴との戦いが描かれており、異国らしい風情のある壁画だった。そして、ホームへと続く待合室で扇風機の風を浴びながら待っていると、少なからず乗客がわらわらとやって来た。

 発車30分前に改札がはじまり、ホームに降り立つと…ん?随分編成が短い。本来は13両編成だが、硬臥車にあたる2、3、4、6号車が欠けており実質9両。短い、短すぎる。確かに沿岸都市と比べると内モンゴルの沿線都市の人口はたかがしれているから思い切って削ったんだと思うが、やりすぎ感は否めない。3連休中とはいえ、ここまで車両を減らしても大丈夫なのか?と疑問が付いたがその疑問はすぐに氷解した。

 乗車した軟臥車両には最初からエアコンが効いており快適。最初からガラガラで、これで車両減しも仕方がないと思った。軟臥車は2/3は埋まっており、同室の人たちは途中の霍林郭勒(ホリンゴル)まで向かう。この列車は15年12月28日に錫烏線(錫林浩特~烏蘭浩特)が開業後に運行をはじめた新列車で、呼和浩特駅から集寧南駅まで向かったあとは同駅で折り返し運転を行い、集通線(集寧南~通遼)を途中の桑根達来駅まで走ったあとは錫林浩特(シリンホト)駅まで向かい、そこから烏蘭浩特駅まで20時間かけて向かう快速列車である。

 呼和浩特から集寧南までは和諧3C型電気機関車に牽引されて、時速100㎞で飛ばしていく。発車後30分もすると、畑が少なくなり、岩肌むき出しの山が迫ってくる。途中までは高速路線と貨物線とそれぞれ並走するが、高速路線は昨年開業した集寧南から南に20㎞離れた烏蘭察布(ウランサップ)に向かうため、山の裏側に消えていった。

夕食の塩辛い味に絶句
 17時35分に集寧南駅に到着したら、先頭の電気機関車は切り離され、車両の反対側から沿岸都市では希少扱いされている日本の特急列車に塗装が似ていると評判の東風4DK型がやって来て連結。ホームの停車時間が15分以上あったので、外で待っていたら、向かい側のホームにモンゴル国境の街の二連(エレン)から呼和浩特行きのT4204次が やって来た。この列車編成は硬座2両、軟臥1両、硬臥3両、電源1両で、機関車は集寧南駅まで東風4DK型、呼和浩特駅までは和諧D3D型が牽引する。                                    

 18時前に集寧南駅を出発し、左側から右側に大きく弧を描いて何もない原野を北進する。複線なので途中東風8型が牽引する貨物列車と頻繁にすれ違う。30分後に蕡紅駅に到着後、集通線(蕡紅~哲里木)に進行方向を東に変え進んでいく。西側は西陽が強くカーテンを閉めないと眩しいほどだった。反対側は開墾され、農作物の葉っぱが緑に生い茂る広大な農耕地ととこどころ空間を遮るようにそびえ立つ防風林の光景がずっと続いた。

 その後、食堂車に足を運ぶ。この列車の車両は、以前は集通線に使われていたようで、羊とゲル(モンゴルの移動式テント)のデザインのカーテンの隣には、かつてこの路線を走った前進型蒸気機関車の写真が窓と窓の間のスペースに展示されている。05年までは、この区間を蒸気機関車が牽引する定期の旅客列車が走っており、日本からも多くの蒸気機関車ファンが押し寄せたが、無煙化の波には逆らうことができずすべて運休。17年ぐらいまで夏と冬にイベント列車として蒸気機関車を一時的に走らせたりもしたが、最近はまったくそういった運行情報を聞かなくなった。

 食堂車のメニューを見ると、むむむむ…高すぎる。肉料理系35~50元、玉子料理系30元…こんな乗客が少ない路線だから高くしているのかはわからないが、この価格には思わず部屋に引き返えそうかと思ったほど。とりあえず、西紅柿鶏蛋(トマトと玉子の炒め物、30元)と宮爆鶏丁(鶏肉とピーナッツと人参キュウリの炒め物)を頼んだ。出てきた料理のうち、西紅柿鶏蛋がものすごく塩辛く、絶対コレ味見していないよね!?と血圧上昇確実の辛さだった。今思えば、あのとき突き返して返金してもらえればよかったかな。

ついに来た。青い空白い雲、そして緑一面の車窓
 19時30分を過ぎると、長く照り続いた太陽もようやく沈み夜が訪れた。食べた物があまりにも辛すぎたため、水を多めに飲んでしばらく横になる。次に気がついたらもう日付の変わった19日の夜中の1時で、列車は駅に停車していた。ホームに降りると錫林浩特と書いてあった。ここでは30分近く停車するため、停車中にトイレで目が覚めるとドアが施錠されているので焦る。真夜中でも長時間駅に停車するなら床下タンク式の車両を採用して停車中でも使用してもらいたいものである。

 5時前にはもう太陽が昇り始めており、厚地のカーテンが窓を覆っていても隙間から差し込んでくる太陽光線が眩しい。5時40分の時点で広州の時間感覚では7時台の明るさだ。カーテンを開けると前日の耕作された土地と異なり、緑色の絨毯ともいえる草原が目の前に広がっている。そして晴天にもとには放牧された何百頭という羊の群れが一列になって進んでいた。羊だけでなく、牛も馬も放牧されておりやっと本格的なモンゴルにやって来たと実感した。数300㎞北には外モンゴルとの国境がある。漢族主観の中華とはかけ離れた世界にいるのだった。

 白音華南駅を発車したあと、険しい岩山の中を抜けるが、ここでも羊の一団に遭遇。黙々と連なっている姿に見とれてしまう。青い空白い雲、そして怒涛の羊の群れ。これこそが非日常的空間の極みであり、今回の目的のひとつだった内モンゴルの素敵な世界に到達した気分になった。とはいっても、終点まであと5時間ほどある。

侮れない中国鉄道の実力
 霍林郭勒駅が近づくにつれて石炭専用線と併催したり、石炭の集積場を見るようになった。この辺りは内モンゴル自治区の中でも石炭の埋蔵量が多い。内モンゴルのさらに奥地にからやって来た珠嘎線、霍白線の2つの貨物線が霍林郭勒駅から珠斯花駅に集まり、ここから貨物線の通霍線経由で通遼まで石炭を運んでいる。そして通遼からさらに瀋陽や中国内陸部に石炭を届けている。機関区に停車している機関車は、永久重連型のEH和諧クラスでこれが普通に1万トン貨物列車(約1.3㎞)を牽引しているのだから、中国鉄道の底力はすごい。物流の重要性をよく分かっているから、全国に12万㎞もの線路を建設することができる。

 日本人のイメージだと中国鉄道とはせいぜい温州の列車追突事故で車両を埋めて掘り返したぐらいしか思い起こせないものだが、実際は高速鉄道や長距離寝台列車をはじめ、日本に勝っている部分はいくつもある。この10年で日本の鉄道が勝っているといえば、駅弁とイベント列車、ホスピタリティだけしかない。まだまだ中国は遅れているという偏見を持つ人は少なくないが、沿岸部の発展だけ見ていけば日本もう太刀打ち出来ないんじゃないか?と悲観的になるくらい中国は強国になった。その一端が国の基幹産業である鉄道だ。

 9時台に停車した珠斯花駅ではなぜかホームに降り立つことができない。ドアが開いていても降りようとすると乗務員に制止されるからだ。後方の硬座車からしか乗り降りできないとのことだが、この駅は20分も停車するのに不思議。乗客に見られて困るものがあるのか疑いたくもなる。

そして終点へ
 珠斯花駅を発車したあとは再び内モンゴルの草原や放し飼いされた家畜の景色が続く。ひとりになった軟臥車では誰とも言葉をかわすこともなく、ただ車窓を眺めることだけである。あるエリアを境に次第に農耕地が増えてきたが名も知らない駅を通過すると再び一面の草原の世界に戻っていく。列車速度も時速80㎞ぐらいで走っており、ダイヤは順調だ。驚いたことに、この内陸部で稲作が行われていた。ピンと水を張りめぐらした水田から出ている稲の苗。この一帯が麦ではなく稲が植えられていようとは夢にも思わなかった。
 中国の東北では日本人の口にも合う東北米が生産されているが、東北に近い内モンゴルでも作られているとは思ってもみなかった。いい意味で想像を覆されるほど楽しい旅行はない。

 終点が近づくにつて、沿線風景は草原から農耕地へ、そして民家が立ち並びはじめる。照りつける太陽の中、列車は12時46分に烏蘭浩特駅に到着。この駅で2時間後に発車する大連行き快速を待つことになる。

2018年8月8日