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乗るなら今。上海から包頭を走る豪華夜行列車

 2018年端午節の連休に合わせて内モンゴル自治区から東北の遼寧省にかけて鉄道の旅に出かけてきた。4回に渡る連載のうち、第2回目は上海から包頭まで24時間の長距離移動を楽しむZ268次に乗車。プチ豪華な車両を使いつつも、ランク下の快速に負けない停車駅の多さと平均時速100㎞を下回る遅さに最初は驚いたが、列車にいられるからこそできる贅沢な旅を楽しんだ。2日目のお昼まで天気が良くなかったのが心残りだ。


★停車が激増したかつての花形列車
 動車組が全国的に普及する以前の2004年より、1500㎞前後の都市間を時速160㎞で、夜間11時間前後で走る客車寝台編成のZ列車(直達特快列車)が登場した。この列車は移動効率を高めるため、従来の旅客列車よりも途中停車駅を極力減らした上、寝台車両、なかでも4人部屋の軟臥車の比率を大幅に引き上げた画期的な花形列車で、動くホテルとも呼ばれていた。
 07年以降、動車組と高速列車が全国でまたたく間に普及し、中国全土を走る全列車の6割以上を占めるようになった。一方、Z列車は、高速列車と並走する区間はその存在が影に隠れがちになり、これまでの移動効率から営業重視に方針が転換され、Z列車でも途中停車駅が増えてきた。
 13年12月28日に登場した上海と呼和浩特区間を結ぶZ268次(従来はT268次)も、例に漏れず全区間2300㎞のうち設定されている駅は27駅。過去の花形列車とは似ても似つかない27時間台の鈍足で走る列車となったのである。
 それが良いか悪いかは利用者に判断してもらうが、同区間を3時間弱で結ぶ飛行機で移動するより、時間をかけて移動するのもまた旅の醍醐味だ。
 ちなみに同列車は上海から陝西省の楡林と内モンゴル自治区のオルドス(鄂尔多斯)を経由する唯一の長距離列車でもある。


★乗車した2人用個室は広い!
 呼和浩特局所属のZ268次は、1号車は上海側、17号車は呼和浩特側になる。編成として、17と16号車は硬座車、15号車は食堂車、14〜12号車は軟臥車、11〜1号車まで硬臥車になる。この内、3両ある軟臥車のうち2両は高級軟臥合造車となる。車両型式はRW25T系。定員は28名でそのうち高級軟臥と呼ばれる2人個室が車両の中間に2室設けられた。この個室には2段ベッドや個室内トイレが付いているほか、部屋の面積が従来の高級軟臥に比べて+50cm長い。50cmの長さがもたらすゆとりある空間は、気持ち的にも妙に落ち着くのだった。そんな高級軟臥の切符は1列車8枚しか販売していない。



★灼熱のなか上海駅に向かう
 発車1時間前までホテルに潜伏していたがようやく出発。食堂車は混むだろうということを予想して近くの日系コンビニである程度の食料を調達した。信号待ちも含めて10分以内で着く距離は助かる。しかし、駅にたどり着くまでわずか数百mだというのに6月半ばで30度超えの気温には参った。
 昨年ぐらいから環境対策が功を奏したのか広東でも上海でも晴天の日が続くようになった分、夏場は強烈な太陽光に晒される機会が増えた。男性でも日傘をささないと日中外に出歩けない。

 外見こそ変わっていないが、上海駅の舎内はいろいろなお店が出来て見違えるように変わった。発車30分前に改札がはじまり、荷物を抱えた乗客たちが我先へと急ぎ足で前に出はじめる。ほとんどが帰省客のようだ。ホームに続く階段が先頭車両方面に続いていたので、そのまま先頭車へ行き機関車を撮影。かつてZ列車の牽引機として活躍した韶山9G型がこの列車を担当した。
 15号車の高級軟臥個室は包頭まで下段で1200元もするが、乗客さえ乗ってこなければ、個室内を独占で利用できるのだ。部屋に中年男性が入ってきた。話を聞くと同僚と出張で南京まで行くそうだが、この高級軟臥切符は短距離区間でも買えたのか、と一瞬驚いた。
 17、18号の硬座車は2両しかないため、車両のドア前ではちょっとした列が出来ていた。ホームで日本語を話すサラリーマン2人が17号車方面に向かう姿を見かけたが、彼らが中国鉄道のトラウマにならないか心配だ。



★連休中だから乗車率100%
 同列車は、15時前に日差しの強い上海駅を後にした。高層マンションが立ち並ぶ沿線も、郊外の南翔駅を過ぎるときには農地と運河が入り交じる長閑な田園風家に様変わり。蘇州までは多くの運河を渡るため、その数には驚かされる。途中で乗客の取りこぼしがないようにするためか、無錫、常州、南京としっかり停車した。切符予約サイトを確認すると、この日のZ268次の切符は売り切れ。実質乗車率100%だ。途中で停車する駅が多いせいもあるが、陝西省から内モンゴル自治区を抜ける唯一の列車のため、乗車30日前から動かないと、旅行シーズンなら軟臥クラスはあっという間に売り切れてしまう。

 17時53分に南京駅に到着すると、同室の男性は別室にいた仲間とともに降りていった。この駅から乗車してくる乗客はいなかったため、しばらく一人状態が続いた。南京長江大橋を渡り終えた後食堂車に行こうとしたら、案の定席は硬座から溢れ出た自由席の無座客たちで占められており、席に座って注文をすることはとてもじゃないが無理。
 仕方なく、部屋に戻る途中運良く車内食堂のワゴンが現れたので、価格を聞いたら1個52元。見た目はまあまあだったので、これを晩御飯にした。

 部屋には誰もいないし、昨日からの移動疲れがまだ取れていないので、食後はテーブル脇の電源でスマホを充電しつつ、少し横になった。個室内にトイレがあるため、多少トイレが近くなってもすぐ行けるのが助かる。
 22時30分を過ぎたので、一足早く消灯して床につく。しばらくすると、山東省西南部の兗州駅に到着したというアナウンスが遠くで聞こえた直後にガラガラと一人の男性がドアを開けて部屋の中に入って来た。そのまま上段ベッドに登ってイビキをかいて眠ってしまった。



★めくるめく車窓を堪能
 翌朝、山西省の太原南駅到着1時間前に目が覚めた。昨晩寝ているうちに列車は山東省の済南、徳州に停車後、早朝の4時台には河北省の石家庄北駅で機関車を和諧D3D型と交換。このまま太原方面にまっすぐ西に向かっていった。
 7時過ぎに到着した太原南駅で兗州から乗ってきた乗客が降りていった。「早上好,再见」の挨拶を交わしただけだった。続いて同駅で初老の男性が乗車してきたが、同行する奥さんが隣の部屋だからと勝手に移ってしまった。これ以降乗客がどんどん降りていくため、包頭駅で降りるまで知らない乗客との相部屋にはついにならなかった。

 乗車した15号車の乗客も何組かは上海から変わっていないが半分以上は駅ごとに入れ替わりが起こっている。家族連れも3組ほど乗車しているが、小さい子どもがいるとずいぶん賑やかだ。
 同駅のホーム停車時間が10分間なので、先頭機関車の撮影に行こうとしたら、撮り鉄を阻むかのように先頭の機関車の車体半分がホームからに出ていた。嵩上げされたホームの先端には柵があり関係者以外の立ち入り禁止マークもあるので大人しく部屋に戻った。

 太原南駅を後にした同列車は、しばらく緑の農作物が植えられた沿線をひたすら走る。のどかな光景だ。8時15分に停車した文水駅でスマホの地図を見たら、近くに武則天紀念館があることを偶然発見した。唐太宗の妃から周の皇帝に即位した中国唯一の女帝の故郷を発見できたことはちょっと嬉しかった。
 9時22分に呂梁駅を出発すると次第に峻険な山が現れはじめ、やがてトンネルと峡谷が続く。山肌をくり抜いて作った横穴式住居のヤオドンが見られたが、ネット電波も途切れ途切れになりしばらく通信ができなくなった。長距離列車に乗る理由のひとつに読書ができるということである。日ごろから、スマホばかりに気を取られてしまい、なかなか読書をする機会がない。しかし列車に乗ってしまえば、電波の悪い場所ではネット閲覧ができなくなるため、読書に時間を割くことができる。

 9時58分に呉堡駅に停車するが、その前に黄河を通過。陝西省に入った。山の中を走っている間、列車は高架の上をずっと走っており、石炭で成り立つ街を何度も通過。街の規模に似合わない石炭を運ぶ大型トラックを何台も見た。そういえば、呉堡駅ではお弁当や食料を販売するワゴンをついに見かけることがなかった。



★いよいよ荒涼の大地へ
 10時31分に綏徳駅を発車した後、列車は進行方向を変えて北上をはじめた。曇り空のなか、しばらく山と山の間に出来た隘路を走っていたが、11時45分に陝西省北部の楡林駅を発車した後は、次第に土地が広がりはじめ、開墾されて青く茂る農作物の葉っぱで覆われた農地と防風林が延々と続く。

 そうこうしているうちに内モンゴル自治区に入る。するとどうだ、土の色は乾燥を帯びた砂っぽい色に変わりはじめる。都会に住む人間から見た辺境にいよいよ足を踏み入れた。のんびりした感覚から緊張感が走る感覚に切り替る。
 遠くに立派な建物群が見えるオルドス駅の近くには、かつてユーラシア大陸を席巻したチンギスハーンのお墓があることを確認した。ここから包頭まではゴビ砂漠に似た荒涼とした景色がずっと続く。進行方向の左手には砂丘らしき景色が見えており、今でも人が暮らすにはなかなか厳しそうだ。上海を発って24時間経つが、あまりの景色の変貌ぶりに実際以上に長く乗車した気分になった。

 15時30分過ぎに列車は包頭駅に到着。ここで下車して16時36分発の呼和浩特行き動車組に乗車する。包頭は上海よりも日差しが強い。最初乗り換え待合室で列車を待っていたら、「発車まで時間があるから一度外に出て入り直せ」と駅員から訳わからないことを言われて、面倒な切符実名確認と荷物検査を経て駅舎に入った。



★やっぱ動車組は速いや
 乗車した動車組のD6764次は、イタリア高速鉄道のペンドリーノを白く塗り手繰ったCRH5だった。振り子式機能はカットされている77元の一等席の切符を買ったけど紫のカバーが掛かった座席は固定でしかも進行方向と反対側。ちょっぴり悲しい。けれども、一等席には無料ドリンクのサービスがあり、暑くてカラカラだった喉の渇きを癒やせた。
 このCRH5はZ268次よりも40㎞速い時速200㎞巡航運転だから、166㎞の区間を66分で結んでしまうスグレモノ。時速350㎞を走る高速列車が頻繁に走る沿岸都市に比べれば物足りないかもしれないが、人口密度がそこまで多くない内モンゴルの都市を結ぶ路線に、そこまで建設コストを掛けた高速鉄道は必要ない。
 呼和浩特までの区間は、貨物専用線が並走する。山西省ばかりでなく、内モンゴル自治区から産出する石炭をも輸送するため石炭を満載した全長1㎞前後の貨物列車が頻繁に走るようになった。そんな貨物列車よりも速いCRH5は、何本もの貨物列車を追い抜いていった。先行したZ268次より速く、17時42分には呼和浩特駅に到着した。

 呼和浩特駅出口から1㎞南に歩いた王昭君にちなんだ昭君ホテルにチェックイン。すぐ横になったが、太陽は20時過ぎまで市内を延々と照らし続けており、クーラーなしではまともに熟睡も出来なかった。

2018年7月26日