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張家界仙境の旅1
広州から列車で14時間。初日は武陵源を観光
基本情报

住所

湖南省張家界市武陵源区

TEL/FAX

0744-661-2301 www.zjjpark.com/

アクセス

駐車場

あり

入場料

張家界森林公園:4日通し245元

営業時間

7:00〜18:00

 五一の連休時、湖南省西北部にあり世界遺産にも登録されているカルスト地形の張家界に行ってきた。険しい奇峰が何百何千と連なり、しかも山頂からこれらの奇峰、奇観の自然を堪能できる一大絶景は、観光客すべてを感動させ、また足元から下まで何百メートルもの絶壁が続く桟道は一部の観光客の肝を冷やすほどの仙境だった。安住生活では3回に渡って張家界の様子をお届けする。最初は、広州出発〜索渓峪風景区をご紹介。


夜行列車で広州から張家界へ
 五一前ともなると広州駅前は旅行に出かける人、実家に帰る人など大勢の人々で溢れていた。20時5分に出発する広州発K9036次快速列車は、約13時間30分かけて張家界まで走る。一昼夜の長旅である。
 列車は硬い椅子の硬座車と硬い3段ベッドの硬臥車の2種類しかなく、軟臥は連結していない。食堂車は連結していたものの、立ち席の難民が食堂車に溢れかえっており、とてもここで夕食を済ます余裕がなかった。乗車した列車は連休用に臨時増結した「加1号」で、とある大型ツアーの団体客が1車両の9/10を貸し切っていた。
 販売員が25元の弁当を売りに来たので思わず買う。美味かったが、辛い湖南省の料理ゆえ唐辛子や酸菜が多く吹き出た汗が止まらなかった。硬臥のため21時30分には強制消灯。ガヤガヤしていた車内は一気に寝静まった。修学旅行かよ。


 翌朝、列車は湖南省内の石門県北駅に向かって北上していた。が、同駅手前でデルタ線に入り、そのまま進行方向を変えて張家界に向かいはじめた。南に向かう進行方向の右手沿には北の長江と繋がる洞庭湖に向かう澧水が流れている。動車組の線路を新たに建設していた。


 石門県から張家界までは2時間弱だったが、山深いところに列車は入っていき、スマホの電波通信は悪かった。この辺りの車窓は、青緑色の澧水と切り立った対岸が続き、その中腹から高速道路が見え隠れするものの、途中の駅周辺以外は民家がほぼない田舎沿線。とはいえ、沿線風景を撮影したくても、線路と河の間には土山と岩と雑草が多く、いざカメラレンズを向けるとお邪魔虫のごとく土山と雑草が入り込み、シャッターチャンスに恵まれなかったのが不満だった。
 

 列車は10分ほど遅れて張家界駅に到着。大勢の観光客が同駅に降り立ち、駅前で待っている観光バスに乗り込んでいった。


最初の訪問場所は十里画廊

 観光客を乗せた観光バスは、北ルートを戻るように高速道路を北上し、続いて武陵山の山奥まで道が続く道に左折した。乗車すること1時間半、着いた先は宿泊ホテルもある武陵源区で、観光客用に向けて再開発途中の街だった。最初にホテルに荷物を置いたあと、近くのレストランで昼食を摂る。
 食後はバスに乗って直ぐ側にある張家界国家森林公園に到着。4日間有効の入場カードを受取ってゲートを通過しようとしたら指紋まで採取された。そして、同園から出ているシャトルバスに乗り込んだ。
 バスに揺られて山を登ること20分。到着場所は、十里画廊と呼ばれる場所で、さらにモノレールに乗って2キロほど登る。複線軌道の横には緩やかな坂の小道もあり、歩いて登り降りする観光客もいる。終点手前で三姐妹峰が見えた。
 到着した目の前には、宝塔峰と呼ばれる奇峰がニョキニョキ立っており、桂林とは一味違う奇峰に圧倒される、というか写真で目にしたことのない自然の産物が目の前にあることに感動した。仙人の世界に入門した心地だった。地図を見ると、翌日訪問する天子山に続く山道があらわれるが、普通に登ると4時間以上かかるという。近くには猿を飼っている猿園があるほか、お土産屋は木で作った立派な置物を販売していた。



金鞭渓谷でまさかの  有名参謀のお墓を発見

 続いてシャトルバスに揺られて向かった場所は、十里画廊よりも奥にある金鞭渓谷へと進む。こちらは渓谷と書いてある通り、山奥から流れ出た冷た~い雪解け水がこの渓谷を流れ、下流の長江に向かっていく。
 この広場には何と、前漢を興した高祖劉邦の参謀だった張良のお墓があったのだった。劉邦を助けて中国統一を成し遂げたあと、劉邦の後継者争いから身を守るために「仙人になりたい」と政治家を引退した張良の終焉の地がここだったとは! もしかすると張家界の元の名は張良から取ったものでは? とついつい疑ってしまう。
 張良のお墓は河南省や山東省にもあり、出身地を考えれば2つの地域の方が本物に近い気もするが、仙境で有名な張家界にあったほうが、歴史的にもロマンチックに感じる。
 ちなみに、ここには野生の猿が出没することで有名で、17時ぐらいには観光客からエサをもらいに数匹山から降りていた。なかには子猿を抱える親猿もいて、果物を一生懸命頬張っていた。

 この日の夜に訪れたレストランは、この地の少数民族の土家族関連のお店で、何と美女スタッフが3人がかりでお酒飲みをアテンド! それぞれ手にした器を階段のように重ね、上から地元のどぶろく似た米酒を注ぎ、主賓の口の中に流し込むイベントがあった。土司王朝赶年宴と呼ばれる飲み方があり、飲まされたゲストはうれしいやら酔っ払ってしまうやら、周囲は盛り上がるが大変な飲み会で張家界1日目を終えた。